武蔵野読書生活

神保町と古書店、そしてうまいカレーが好きな本好きのブログ

『ぼくらはみんな、ここにいる』

本書には激しい戦闘シーンがある訳でもなく、強烈な主張を持つ時間犯罪者が出てくる訳でもない。ただただ淡々と江戸時代に謎の現象で飛ばされた少年少女達が、サバイバルの工夫をしながら時代と折り合って生きていく物語。
先日文庫化されたとのことで、この週末久しぶりにハードカバー本を読み直してみた。
私は昔から漂流モノは好きな方で、小学生の頃は『十五少年漂流記』、NHK少年ドラマシリーズ『孤島の秘密』(OPの「島の支配者はオールマイティQ♪」というフレーズが大好きだったんですよね)に大ハマリだったので…
こういう漂流モノの基本は10代の少年少女が主人公であらねばならない訳で、本書もそのフォーマットを踏襲している。更に過去漂着系らしく、様々な場面で現代の知恵や道具が問題解決に役立っていく。そして青春群像劇ではお約束の対立、和解、そして恋などを散りばめながら、ラストへ向けてたんたんと収束していく…

作者の大石英司氏は、1980年代から架空戦記系小説を書き始めたベテラン小説家だ。1990年代前半の架空戦記ブームの際にもブレずに現代物のみを書き続け、代表作としては『第二次太平洋戦争』『新世紀日米大戦』『ゼウス』など多数ある。
ちなみに最近の氏の作品では、スターシステムで「サイレント・コア」メンバーが出てくることが多いが、ドンパチが無い本書では当然出てこない。さらに本作にはドンパチどころかスペクタクルシーン等は無く、いつもの大石氏の作品のノリとは明らかに雰囲気が異なり、少年ドラマシリーズ的な作風に仕上がっている。子供時代に街ごと、あるいは学校ごとタイムスリップしたらどうなるか、みたいな想像をしたことのある人間なら楽しめる小説です。また、日常の激務でちょっとすり減り気味の方にも、ちょっと少年時代気分に戻って淡い恋心を追体験する、等々ちょっと癒しの一冊になるかもしれませんな。

『水はなんにも知らないよ』

私が「水に優しい言葉をかけると綺麗な結晶が出来る」というハナシを聞いたのは2006年秋頃だったと記憶している。このような考えは、マトモに科学を勉強している人間には噴飯ものだが、恐ろしいことにこれを信じて子供に授業で教えている教師がいるのだという。あまつさえ、それをテキスト化して配布している授業の研究会まであると言う。
さらに本書によると、学会でこの主張に基づいて物理学会で発表した某旧帝大所属の研究者までいるとか…
この一件だけで我が国の研究者全般の水準が下がったとは考えたくないが、いつの間にか社会に知的衰退が忍び寄っているのかと思うと、何か薄ら寒いものを感じざるを得ない。

本書で筆者は、「水に優しい言葉をかけると綺麗な結晶が出来る」などと主張している『水は答えを知っている』の考え方の誤謬を指摘し、さらに「波動」「πウォーター」「クラスター水」などの類似の疑似科学についても、私も以前から参考にさせて貰っている安井氏や天羽氏の研究成果を引用しながら、その問題点を明らかにしている。
例えば波動測定器と称する機器が、実は単なる皮膚の電位測定器に過ぎないとか、実に詳しく怪しげなビジネスを斬っていくあたりはまさに爽快と言えよう。とにかく我々の健康に対する不安を、ニセ科学が如何に突いてくるのかが本書を読めばよく分かると言える。
ちなみに私の身内にも、どうもこの手の健康器具や食品に嵌りやすい人間がいるので、一度読ませてみようかと思っているところだ(苦笑)。

※参考
・市民のための環境学ガイド
http://www.yasuienv.net/
・冨永研究室びじたー案内(天羽優子氏がサイト製作を担当されているようだ)
http://atom11.phys.ocha.ac.jp/

『三千年の海戦史』

先日、会社の同僚と飲んでいて、日本は海洋国家か否か、ということが話題になった。私は海洋国家であると思っているのだが、同僚は違うと言い、なかなか認識が一致しない。つまるところ資源の多くを海外からの輸入に頼っている日本は基本的に海洋国家だが、どうも国民的な認識として海洋国家という概念が希薄なのではないか、ということなのだろう。
本書ではそんな日本の状況も明快に規定していて、日本は明治の開国までは基本的に大陸国家的な概念しかなく、海洋国家的な概念を理解していなかった、としている。海洋国家的な政戦の概念を理解していれば、白村江の戦いで敗北することもなく、文禄慶長の役で李提督の水軍に破れることもなく、明朝末期の鄭成功の戦いを援助したであろうと説く。さらに著者松村氏は江戸期の鎖国政策が日本に海洋国家的な概念を得る機会を遅らせた、とも考えている。非常に興味深い日本論ではないだろうか。
と、日本のことだけを書き連ねたが、本書はタイトル通り、人類史において紀元前から現代までの三千年間に発生した主要な海戦を取り上げた書籍だ。ただし、戦術的な記述は少なく、基本的には戦略的な立場に立って、その戦闘の意味を俯瞰的に分析しているところが面白い。そして書名こそ『三千年の海戦史』だが、基本的には「三千年の海洋国家と大陸国家の対立史」を記述した書籍なのだ。政治史や外交史に関心のある人は一度本書を読んでみてはいかがだろうか。

『ガンダム センチュリー』

1981年、ガンダムブームのさなか、当時の多数刊行されていたファン向けの解説書の水準を、遙かに超える一冊の書籍が送り出された。それがこの『ガンダム センチュリー』だ。ガンダムの製作に関わったスタッフの多くが参加した本書は、余りの記載内容の水準の高さに当時のマニアに大いに注目された。本書にはテレビでは明らかになっていなかった一年戦争のサイドストーリーやモビルスーツ開発秘話、そして当時は多くの人々には周知ではなかったスペースコロニーの概念の詳細な説明などが掲載され、中でもSF的な素養のある筆者陣による記述が、ガンダムを大人の鑑賞に堪え得る『SF的ロボットアニメ』であることを多くの人々に再確認させる一因となった。しかし、その後の版元(みのり書房)の解散により、長い間幻の書籍となっていた。
その後、約20年後の2000年に、刊行当時の月刊『OUT』編集長だった大徳寺氏によって、再度日の目を見たのが本書『ガンダム センチュリー・リニューアルバージョン』だ。
私も1981年の初版を買いそびれ、友人が買ったものを高校生時代に見たっきりだったこともあり、このリニューアル版を一も二もなく購入した口である。『子供向けのロボットテレビ漫画』と思われていたガンダムの世界を、精緻なSF的な世界観で紹介した本書は、高校生時代の私には大変な衝撃だった。現在では、このような世界観を補完する詳細な解説書は目新しくないが、1980年代当時にこのようなものを作り上げた編集者の先見の明には脱帽せざるを得ない。
値段は決して安価とは云えないが、一年戦争に関心のあるガンダムファンは一度は読んで欲しい書籍である。

『一年戦争全史』

本書を今年の春に見たときには、「嗚呼、学研も遂に自社パロディか!!」、そして「学研も遂にガンダムか…」という思いが…
まず、表紙からして可笑しい。大西将美氏のリアルタッチで描かれたザクやコロニーはともかく、デギン・ザビギレン・ザビがいかにもの表情で睥睨しているのが傑作だ。もう、大西画風で描かれてしまうと『歴史群像』シリーズ愛読者の私は見ているだけで嬉しくなってしまうのだ。ぜひ次は宇宙戦艦ヤマトコードギアスの世界をこのテイストでやって欲しいものだ。
さて本書は、いわゆる機動戦士ガンダム一年戦争の世界を正史に見立て、学研『歴史群像』」シリーズ風味で味付けした疑似歴史書と言うべきものだ。何というか、今は無きみのり書房の『ガンダム・センチュリー』の後継者的な意味合いを持つ本なのだろう。
ちなみに<上>とあるように、本書は上下二巻のウチの上巻となり、一年戦争開戦からオデッサの戦いまでを取り上げている。勿論、『歴史群像』でも活躍しているイラストレータ各氏、上田信氏や高荷義之氏、そして漫画家トニーたけざき氏の迫真のイラストとジオラマ(トニたけさんだけだが)などが読者を楽しませてくれる。そしてそれっぽい図版の数々。戦線解説図からモビルスーツの戦術行動の解説図など、遊びココロも満載だ。そういう意味では解説を読まずに図版だけ読んでいても充分楽しめる本に仕上がっていると云えよう。文章は就寝時に読んで睡眠薬代わりとするのもありかも知れない。
ということで本書はガンダムファンだけでなく、架空史、未来史ファンにも満足出来る一冊としてお勧めしたい。

『世界征服は可能か?』

970年代の日本の特撮やアニメに出てくる悪役は、異星人なら地球征服、同じ地球人なら世界征服というお題目を唱えていることが多かった。私も子供の頃は、それらに出てくる悪の組織に影響されて、世界征服というものを妄想したことも…

本書は、その「世界征服」というものが現代においてどのような手段なら可能か、さらにいかほどの価値を持つのかを、いたってマジメに検証した書籍だ。著者はあの『オタキング』として有名な岡田氏だ。さすがサブカルに造詣の深い岡田氏だけあって、世界征服を目論んだ悪の組織の例として取り上げているのは、ドラゴンボールのレッドリボン軍やフリーザ、レインボーマン死ね死ね団など1970年代から90年代の著名な作品に登場したモノばかりだ。
それに現代のアメリカの戦略などを絡めて、極めて軽快に話を進めていく。結論はやや強引な感じがあるが、まあ著者らしい皮肉と思えば納得できるのではないかな。
ちなみに本書の対象読者は、結構年齢層が高い感じがしますね。取り上げている悪の組織の例も結構70年代から80年代が中心だし…。たぶん40代中心ってトコですかね。
本書はイイ年の大人が、肩の力を抜きながら息抜きに読む「世界征服」方法論ということですかね。


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うちの母方の先祖は伊達藩某支藩の足軽頭で、戊辰戦争の時は奥羽山脈を越えて秋田藩領へ攻め込んだらしい。現代に於いてなお佐幕派の私としては、秋田藩が奥羽越列藩同盟を裏切らなければなあ、と時たま妄想することが…

ということで今回は戊辰戦争関連のムックをご紹介。このムック、歴史群像シリーズでこの手のムックを作り慣れている学研らしく、大変わかりやすい構成だ。トピックを時代順に並べた形式で、再現イラストと復元写真などが多用され、実際の事件や戦闘がどのような状況で起きたのかが理解しやすい。当時の幕府軍の歩兵隊の軍装や、幕府海軍の軍艦の復元図など、幕府軍マニアの私には大変有り難いイラストが多数掲載されている。戦場の俯瞰図、当時の江戸の京の町並みの鳥瞰図などはぼーっと眺めているだけでも面白い。この大路から細道に入り新撰組の追っ手を撒いて…みたいな妄想に耽るのも一興だろう。
ただ、逆に当時の主要人物の動きなどはあまり取り上げられていない。あくまでもイベント主体の構成だ。そういう構成のため、幕末に活躍した志士の人間ドラマなどを読みたい人には、多少物足りないかもしれない。そういうものが好きな人は、本ムックを当時の社会背景や武器、兵器を理解するためのビジュアル資料として活用すると良いだろう。

値段も1,900円と決して高くは無いので、時に歴史の彼方を思うための資料として、機会があればぜひ一読をお勧めしたい。